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    ダンシング・ベートーヴェン

     

    改めて言わせてもらうと、映画とは実に便利なものだ。

     

    その気になれば、いつでも(でもないが)どこででも(でもないが)見ることができる。

     

    しかも、安価(舞台と比べればだが)だ。

     

     

     

    ベジャールの「ダンシング・ベートーヴェン」は、昨年東京で行われた公演のドキュメンタリーである。

     

    ベジャール本人が亡くなった後、ピタリと見に行かなくなってしまったので僕はこの公演にも行っていない。

     

    正直に言えば「行く気もしなかった」のである。

     

    ピナ・バウシュも同様である。

     

    あれほど待ち焦がれて、高いチケットを買って通ったものを、今ではまるっきり他人事のように感じる。

     

     

     

    ともかく、そんな事情があって、これが映画になったからといって「だったら見てみたい」と思ったわけでもなかった。

     

    ぶっちゃけ言うと、「ポイントがたまっていたので見た」のである。

     

    映画が始まって「おや?」と思ったのは、これが単なる舞台のドキュメントではなく、現在の芸術監督ジル・ロマンと娘にフォーカスを当てたものだったことだ。

     

    スイス・ローザンヌのモーリス・ベジャール舞踊団での稽古シーン。

     

    9ヶ月後に東京で開かれる「ダンシング・ベートーヴェン」に向けた稽古が始まっている。

     

    途中、主役のダンサーが妊娠で役を降りることになる。

     

    なぜ、こんな時に?と思いつつも、そこにジル・ロマンと娘がダブらせられてくる。

     

    まさか監督は最初からこの妊娠事件を予測していたわけでもあるまいに、ベジャールの公演のドキュメントが急に繋がれる命というテーマを与えられる。

     

     

     

    後半は舞台を東京に移して、東京バレエ団の稽古シーンになる。

     

    舞台で見ているとそれほど違和感を感じないものだが、スクリーンで見せられると日本人ダンサーの体の貧弱さが歴然だ。

     

    女性ダンサーの板のような胸、ペタンコのお尻。

     

    男性ダンサーの短い手足。

     

    もともとバレエはイタリアを発祥とし、フランス、ロシアを経て完成されたものである。

     

    そこに日本人が後から加わったわけだが、技術はともかく、ポワント(つま先立ち)して体を外へ外へと大きく見せるのがバレエの基本だとするならば、小さい日本人はいかにもバレエ向きではない。

     

    さらにそこへ東京に住んでいる素人の黒人を加えての稽古だが、彼らの底抜けの明るさが印象的だ。

     

     

     

    驚いたことにこの舞台、ベートーヴェンの「第九」を演奏するのはズービン・メータ指揮のイスラエルフィルだ。

     

    なんという贅沢な!

     

    本番はNHKホールで行われたようだが、生オケに合唱団、そして80名のダンサーという非常に大掛かりなステージだったようだ。

     

    肝心の舞台シーンは最後にダイジェストで少しだけ見せてくれるが、僕的にはジル・ロマンと娘の話は全カットでその分、ステージを見せて欲しかった。

     

    これだけのスペクタクルなら、実際のステ−ジを見ておけばよかった。

     

    ちょっとだけ悔しい思いになった。

     

     

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    | 座付き作家 | 映画の感想 | 09:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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      キングスマン

       

      スパイ映画といえば007という時代があった。

       

      ダンディーでセクシーなジェームズ・ボンドのなんとカッコ良かったことか!

       

      ところが、時代が移るに連れて、カッコよさが逆にダサくなり、泣き言を言ったり愚痴をこぼしたり、裏切られたりするスパイが主流となっていったが、一気にそれをまた逆戻しさせるのが「キングスマン」である。

       

      イギリスの自虐ネタが裏テーマだったりする本シリーズ、スパイたち(キングスマン)はまるでジェームズ・ボンドばりにカッコイイ。

       

       

      2作目となる本作、シリーズものの常として「スケールが大きくなった分、大味になる」のではないか。

       

      劇場予告編を見れば、案の定、舞台をアメリカに移してカウボーイよろしくなげなわを武器にしたアクションシーンだ。

       

      もはやイギリスネタすらも放棄してしまったのか?

       

      そう思って、見る前からモチベーションは下がりっぱなしだった。

       

      ところが・・・

       

      いやはやなんとも。

       

      映画の冒頭から、イギリスのタクシーを使ってのカーアクションだ。

       

      これがリュック・ベッソンかと思うくらいの迫力。

       

      あのころんとした背高のタクシーがロンドンの市内を疾走するのを見て、いきなり拍手喝采だ!

       

      映画の中盤は、予告編でも紹介された通り、舞台をアメリカのテネシーに移してのアメリカン・アクションシーン。

       

      はっきり言うとここはつまらない。

       

      新登場組のチャニング・テイタムとハル・ベリーの顔見せということなのだろう。

       

      後半に入ると、まさにマシュー・ボーン監督の悪ふざけのオンパレードである。

       

      今回の白眉は何と言ってもサー・エルトン・ジョン。

       

      麻薬組織に誘拐されたという設定なのだが、結構重要な場面で役者ばりの大活躍だ。

       

       

       

      確かに一作目のような小気味のよさが、スケールアップにより後退した感は否めないが、それを補って余りあるユーモアが素晴らしい。

       

      アホくさいほどのボケの連続である。

       

      特に今回最高だったのがジョン・デンバー(!)の「カントリー・ロード」を歌いながらの爆発シーン。

       

      これには正直ホロリとさせられたよ。

       

       

       

      唯一の欠点としては、尺が長いこと。

       

      笑って、ホロリとして、あとはアクションアクション、またアクション。

       

      見終わって、「あれ?これって、ルパン三世そっくりじゃね?」と思ったよ。

       

      大満足です。はい。

       

       

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      | 座付き作家 | 映画の感想 | 09:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        おらおらでひとりいぐも

         

        ちょうど読み終えたところで、「芥川賞」受賞の発表があって、タイミングの良さに驚いた。

         

        文藝賞をとったことで注目を集めた本書、まずはこの題名がものすごくいい。

         

        「何の話だろう?」と思ったものだが、読み始めてすぐにこれが東北弁(岩手弁)であることを知った。

         

        つまるところ、「私は、私でひとりで行くよ」というような意味になるのだろう。

         

        その通り、本書は夫に先立たれ、子供とも疎遠になってしまった70代女性の話である。

         

         

         

        ただ、本書の大半は東北弁で書かれており、馴染みがない人にとってはすこぶる読みにくかろうとも思われる。

         

        幸い妻が山形出身なので、東北弁には極めて強い免疫ができており、多少の違いはあれど難なく読めた。

         

        普段、僕たちは日本語の文章といえば標準語で書かれていると勝手に思い込んでいることが多い。

         

        ごくたまに関西弁の小説などを読むことはあるが、東北弁となるとまず稀である。(例外は宮沢賢治くらいか)

         

        会話文に方言が使用されることなら、ときどき見かける程度。

         

         

         

        もともと言葉というものは、音が先にあって、文字は後からついてきたものだ。

         

        東北弁もいざ耳で聞くとなれば鼻濁音だの口を閉じ気味で喋る習慣もあり、なかなか聞き取りづらい。

         

        それが不思議なことに、文字で読めばサーっと頭に入ってくるのだから面白い。

         

        微妙な音を潔くあいうえおの文字に置き換えることで、あの難解な言葉が僕の脳裏で再生される。

         

        以前、やはり芥川賞を受賞した堀江敏幸の小説「おぱらばん」が、中国人訛りのフランス語だったのを思い出した。

         

         

         

        この小説の良さは、東北弁だけにあるのでは当然ない。

         

        一人暮らしの女性がこれまでの人生を振り返った時に感じるだろう後悔と絶望。

         

        そんな中で、彼女が見つけたのは一片の希望の光であった。

         

        人生100年時代が叫ばれて、今や70代は人生末期ではなく、まだまだ続く人生の途中なのだ。

         

        残された人生を、おらおらでひとりいぐのもよし、誰かのためにいぐのもよし。

         

        誰かが映画にするときには、どうか間違いのない東北弁でお願いしたいものである。

         

         

         

         

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        | 座付き作家 | 読書 | 07:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        【お知らせ】けんぞー武者修行#1「ノート」公演
        前作「南瓜」から1年半。今回から"けんぞー武者修行"と銘打って、役者・建蔵が可能性を広げるべく挑みます。 第一弾はなんとピアニスト糸井恵理子さんをお迎えして、フランツ・リスト他の演奏とのコラボレーション。 どんな舞台になりますか、乞ご期待。 「ノート」公演概要 2014年4月5日(土)14時/18時 開場は30分前 両国門天ホール 前売り2,800円(税込)当日3,000円(税込) 出演:建蔵 糸井恵理子 作・演出 平岩モトイ ご予約:amd.ara@ezweb.ne.jp (折り返し確認メールが行きます)
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