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    「DESTINY 鎌倉ものがたり」

    『ALWAYS 三丁目の夕日』チームが作った映画『DESTINY 鎌倉ものがたり』が公開された。

     

    まんまの感じに、ちょっと引きつつも、今冬の話題作の一つであるのでチェックした。

     

     

     

    内容はまさにてんこ盛り。

     

    カツ丼の上にエビフライが乗っけられている感じ。

     

    ま、サービス精神にあふれているのは歓迎ではあるが、肝心のお味の方がイマイチ。

     

     

     

    物語は、昭和初期の鎌倉で暮らす小説家が10歳も年下の嫁をもらったところから始まる。

     

    なんでも彼女(高畑充希)は、出版社のアルバイトとして鎌倉の小説家宅へ原稿を取りに来て、お互いに一目惚れしての結婚である。

     

    映画の前半は、そんな小説家と妻の新婚生活が綴られるのだが、ことさら鎌倉を強調しており、魑魅魍魎が跋扈する不思議な世界が表現される。

     

    ある晩、化け物たちの夜市を訪れた妻は、黄泉の国を支配する化け物に見初められてしまい、階段を降りている時に足元をすくわれてしまい、霊体となってしまう。

     

    新妻を失った小説家は、妻を連れ戻すために深夜0時に専用駅から出発する黄泉の国行きの電車に乗り込んで、単身黄泉の国へと向かう。

     

    しかし、そこは黄泉の国。

     

    想像を絶する世界で、小説家はようやく妻の居所を見つけ出す。

     

    しかし、当然ながら簡単には連れ戻すことができず、化け物との戦いとなる・・・・

     

     

     

     

    監督は(当然ながら)山崎貴。

     

    映画の後半に登場する黄泉の国は、これまであまり見たことのないアジアンテーストでバッチリ見ごたえがある。

     

    『千と千尋の神隠し』と『西遊記』(チャウ・シンチー監督)をミックスしたような感じだ。

     

    それはそれでめくるめくワンダーランドなのだが、いかんせん、妻の人柄が通り一辺倒であまり深く彫り込まれていない。

     

    そのため、小説家先生は彼女の何に惹かれたのか。

     

    もっと言うと黄泉の国の化け物は、何故わざわざ彼女を連れ去ったのか、が得心できない。

     

    映画の中では、小説家と妻は前世からの仲であり、生まれ変わるたびに添い遂げる運命の2人だと説明しているのだが、宿命で決められていると言われても、部外者である観客には面白くない。

     

    むしろ、観客が新妻に惚れ込まなければ、彼女を追って許されない黄泉の国へと向かう小説家の心境になれない。

     

    したがって、CGIのバーチャル空間での戦いも、ゲームをやっているような感覚にはなるが、何が何でも妻を取り戻すという気持ちが弱いためにドラマとしては盛り上がらない。

     

    高畑充希がいい演技をしているだけに、もう一歩彼女の人としてのキャラを掘り込めなかったのが残念な仕上がりである。

     

    ついでながら、宇多田ヒカルの「あなた」もいい曲だと思うものの、『エヴァ』のラストで流れた「桜流し」の時ほど胸に迫ってはこなかった。

     

    料理で言えば、出汁をインスタント出汁で済ませてしまったようなもの。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    | 座付き作家 | 映画の感想 | 17:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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      ハガレン

       

      「ハガレンよ、お前もか」

       

      思わず唸ってしまった。

       

      マンガ原作ものの定番とも言える映画館の入場者特典としての「鋼の連勤術師0巻」を渡された時のことだ。

       

      ファンにとっては、どうしても欲しいとされる0巻だが、さすがにちょっと食傷気味か。

       

       

       

      この映画、全てにおいて「古臭い」。

       

      CGIも古臭ければ、ロケ地にイタリアを選んだところもいかにも「古臭い」。

       

      そもそもオーストリアかドイツか知らないが、原作の持つ世界観を金髪に染めた日本人が日本語で演じることにも無理があるように思う。

       

      それを納得した上での鑑賞となるのだが、この不思議なインチキ世界観に馴染むまでにちょっとかかった。

       

       

       

      原作「鋼の錬金術師」といえば、錬金術で死んだ母親を生き返らせようとした結果、弟の肉体全てを"持って行かれた”兄が、必死で弟の体取り戻そうとする物語だ。

       

      その昔、手塚治虫の「どろろ」というマンガがあったが、日本には古来より魂と肉体の関係性という考え方があったようだ。

       

      「ハガレン」には等価交換という絶対ルールがあり、何かを得るためには何かを失わなければならない。

       

      そのために兄エドは真実の扉に近づいた代償として右腕と右足を失った。

       

       

      映画では、自分の家族を「材料」として、キメラを作ろうとするマッドサイエンティストならぬ国家錬金術師(大泉洋)が登場し、生命を作り出すことの是非を問う。

       

      これは、非常に大きい問題定義だ。

       

      現在、人工授精から人は造られるし、一時はクローン製造の倫理的是非も世間を騒がせた。

       

      その意味で、『ブレードランナー』と通底するテーマではある。

       

      だが、そもそも少年マンガ原作であり、ジャニーズを主役に据えた若者むけエンターテインメント映画であるがゆえに、必要以上に生命倫理には踏み込まない。

       

      それがいつの間にかホムンクルス(人造人間)の軍隊で世界征服を目論む悪人との対決へと様変わりし、それだけのテーマを消化できずにゾンビものによくあるような終末物語でお茶を濁した感があった。

       

       

      一時、弟アルと兄エドの兄弟愛に踏み込んだあたりでは、うるっときたのだが、実写映画化に際してのテーマの絞り込み不足を露呈する仕上がりとなってしまったところがなんとももったいない。

       

      | 座付き作家 | 映画の感想 | 15:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        意外なことに、映画の題名には著作権がないのである。

         

        だから同じ題名の映画が出てくることになる。

         

        今回見た映画は『光』。

         

        半年ほど前にも河瀬直美監督の同じ題名の映画があって、ややこしい。

         

        だったら、題名を変えたらいいじゃないか。

         

         

         

        本作の原作は三浦しをんさんの「光」である。

         

        三浦しをんさんといえば、『舟を編む』、『風が強く吹いている』などで知られた作家さんである。

         

        (今回はやたらと原作者本人が映画のPRに駆り出されているのを目にするが、効果があるのだろうか)

         

        そのせいか、本作の題名は『光』として公開された。

         

        映画を見た上でまず挙げたいのは、音楽である。

         

        映画が始まって、いきなりのハウスミュージックのような電子サウンドが流れる。

         

        「え?」

         

        一瞬、虚をつかれた。

         

        日本の映画音楽といえば、大抵がおきまりのピアノかギターの劇伴である。

         

        当たり障りのない音楽といえよう。

         

        だから邦画のサウンドトラックCDなど買おうと思ったことがない。

         

         

         

        大森監督が、本作でなぜこの音楽家を起用したのか知らないが、薄汚れた貧乏たらしい本作のビジュアルにハウスミュージックが当てられることで、異様なサスペンス感が盛り上がるのは事実である。

         

        何でもない島の光景が、とんでもない異常な場所に見えてくる。

         

        もし、これがよくあるピアノの劇伴だったとしたら、本作は極めて地味な映画になったと思われる。

         

        いや、実際、地味なのだ。

         

        それが随所にハウスが流れることで異彩を放つ一本になっている!

         

        先日書いた『ヘブンズ・ストーリー』に置いて、音楽の役割が低かったのと対照的に、本作に於いては音楽が映像をリードしているといえよう。

         

         

        ただ、音楽以外のこととなると、あんまり語ることがない。

         

        井浦新が演じた市役所勤めの男だが、その寡黙さのせいで彼の全く行動心理がわからない。

         

        いってみれば、終始「醒めている」のである。

         

        浮気をしている妻に対しての無関心さはいいとしても、幼馴染の女に対する恋慕の激しさもそれほど感じられず、彼女のために殺人を犯すだけの動機が感じられない。

         

        瑛太は、やっぱり瑛太で、25年ぶりにあった兄貴分の井浦新をいくら親しげに「兄ちゃん」と呼んだところで、弟分らしい親密感は感じられない。(プライベートを秘密にしている女優宛に、どうやって手紙を送ったのだろう??)

         

        仮にも、この二人にかつてショーケンと水谷豊が演じたような兄貴と弟分的親密感があったならと思う。

         

        この二人に血が通っていないために、脇役の(というか出す必要があったのか?)飲んだくれの父親の人間臭さばかりが目に付いた。

         

        あとは、長谷川京子のお尻のシワシワ具合が妙に気になったくらい。(かわいそう!)

         

         

        よくも悪くも音楽の印象で持って行かれた作品だと感じた。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        | 座付き作家 | 映画の感想 | 09:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        【お知らせ】けんぞー武者修行#1「ノート」公演
        前作「南瓜」から1年半。今回から"けんぞー武者修行"と銘打って、役者・建蔵が可能性を広げるべく挑みます。 第一弾はなんとピアニスト糸井恵理子さんをお迎えして、フランツ・リスト他の演奏とのコラボレーション。 どんな舞台になりますか、乞ご期待。 「ノート」公演概要 2014年4月5日(土)14時/18時 開場は30分前 両国門天ホール 前売り2,800円(税込)当日3,000円(税込) 出演:建蔵 糸井恵理子 作・演出 平岩モトイ ご予約:amd.ara@ezweb.ne.jp (折り返し確認メールが行きます)
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