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    ロシュフォールの恋人

     

    大好きな映画は?と聞かれて、『ロシュフォールの恋人』を入れないわけにはいかない。

     

    かれこれ5回は見ているが、たとえ大雨であろうと、これは見ないでは済ませられない。

     

    大雨の中、思い切って恵比寿ガーデンシネマまで出かけた。

     

     

     

     

    何度見ても、カトリーヌ・ドヌーブと、実の姉フランソワーズ・ドルレアックのなんとキュートなことだろう。

     

    フランスで美人に生まれるということは、こういうこと?と思わせるように、スクリーンは彼女たちの天真爛漫さに満ち溢れている。

     

    確かに二人は顔形がそっくりである。

     

    金髪のカトリーヌと、赤髪のフランソワーズ。

     

    作曲家の姉と、バレリーナの妹という設定がまるで少女マンガのようで楽しい。

     

    ピアノを弾くシーンからトランペット、バンジョー、ホルン、フルートと、次々と楽器を替えての演奏シーンは明らかにアテフリで、運指もデタラメなのだが、それも気にならないほど観客は姉妹に支配される。

     

    まさしく魅了という言葉そのものだ。

     

     

     

     

    ジャンルで言えば、いわゆるミュージカルということになるが、この映画では歌と踊り両方がいい。

     

    ミッシェル・ルグランの手になる歌に乗せて、映画冒頭の「行進の到着」から「双子の歌」まで一気に畳み掛ける。

     

    映画の冒頭シーンとしては、屈指のオープニングではないだろうか。

     

    まさに息つくひまもないとはこういう状態を言うのだろう。

     

    完全に映画に魅了されてしまった。

     

     

     

     

    先に大ヒットした『ラ・ラ・ランド』がオマージュを捧げた事で最注目される1本であるが、確かにそういう目で見ると似ているシーンは多い。

     

    実は、『ラ・ラ・ランド』を見たときには、作曲家と女優という設定の古臭さが気になり、現代の映画でそれはないんじゃないの?と思ったものだが、本作でドヌーブ姉妹がそれぞれ作曲家とバレエダンサーという役である事を考えると、むしろ古臭さはあえての設定だったのかなと、今更に考え直したりもする。

     

     

     

    そもそも姉妹のコケティッシュな魅力によって成り立っている映画だけに、ストーリーは大甘である。

     

    港町ロシュフォールで開催される海祭りにやってくるダンサーたち(ホンダのバイクやトロージャンのヨットなどのプロモーションを兼ねている)が、到着して準備して本番のショーを行って、片付けて立ち去るまでの4日間のお話である。

     

    この4日間で登場人物がそれぞれ理想のお相手を見つけるというオールハッピーエンド。

     

    (ドヌーブとマクサンスという名の画家が結ばれたかどうかはわからない)

     

    まるで夢を見ているような映画であるが、終映後に拍手が鳴り響いたのには一瞬驚いた。

     

    そうなのだ。

     

    映画祭では時々見かけるが、その昔は映画が終わると観客の拍手が鳴らされたものだったのだ。

     

    僕の両端に座っていたお客さんも思わずつられて拍手を贈っていたが、確かにそんな気持になる映画なのである。

     

     

     

    次は、いつ見れるだろうか。

     

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    | 座付き作家 | 映画の感想 | 07:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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      東京国際映画祭

       

      昨夜、仕事かえりに信濃町から都バスに乗ったところ、一枚のポスターが目に入った。

       

      第30回東京国際映画祭。

       

      ほほおー、こんなバスの中にも貼ってあるんだ。

       

      ちょっとだけ関心しつつも、果たしてどれくらいの乗客が認識しているのだろうか。

       

       

       

      毎年10月の後半に開催される東京国際映画祭(TIFF)。

       

      今回で30回目を迎えるが、回数の割に知名度は今ひとつ。

       

      実際、僕も東京で暮らして長いが、この映画祭に足を運ぶようになったのは、ここ5年ほどだ。

       

      映画会社で働いていた時ですら、行かなかったくらいだから笑ってしまう。

       

      その昔、渋谷でやったり、渋谷と六本木とでやったりと紆余曲折がありながらも、近年は六本木がメイン会場として定着しつつあるようだ。

       

      日本最大の映画祭でありながら、今ひとつ盛り上がらないのは、映画祭らしさに欠けるからかもしれない。

       

       

       

      映画祭といえば、世界三大映画祭と呼ばれるカンヌ、ベルリン、ベネツィアでの華やかなイメージが思い浮かぶ。

       

      レッドカーペットを歩く人気俳優や、上映後のスタンディングオベーションといった映像だ。

       

      もちろん、あれはヨーロッパ人が作ったものだから、いわゆるヨーロッパ式なのだが、では東京国際映画祭はどうなのか。

       

       

       

      実際には初日のレッドカーペットもあれば、監督や俳優による舞台挨拶もたくさん用意されている。

       

      しかしながら、おなじみの人気俳優が大挙して来日ということは残念ながら、ない。

       

      当然ながら六本木を世界中の映画人が闊歩というシーンにもお目にかからない。

       

      ま、そこが3大映画祭との違いといえば違いだろうか。

       

       

       

      東京国際映画祭の直前に開催される韓国・釜山国際映画祭では、韓国の人気俳優や歌手が連日登場して、それ目当ての高校生やら若者が黄色い歓声を上げる光景を目にしたことがある。

       

      なんといって、釜山のヘヨンデという場所自体、風光明媚な海岸であり、カンヌを彷彿とさせる立地である。

       

      一方の六本木。

       

      東京の中でも行きづらい不便な場所であることは、昔も今も変わらない。

       

      どうして銀座有楽町あたりで開催しないのかと思う。

       

      ともあれ、世界中の200本を超える映画が連日上映される機会であることは変わらない。

       

      今年分は先週土曜からチケットが売り出されているので、興味のある方は是非チェックして、日頃見られない世界の映画に触れてみてはいかがだろう。

       

       

       

       

       

       

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      | 座付き作家 | 映画の感想 | 08:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        ヘルツォーク

         

        今朝は映画の話に戻ろう。

         

        現在、新宿のK's cinemaでヘルツォークの特集上映が行われている。

         

        これはヘツルォーク監督75歳を記念してとのこと。

         

        まあ、この理由の良し悪しはともかく、普段見ることのできないヘツルォーク作品を見れるのには賛成だ。

         

         

         

        ヘツルォークといえば、『フィツカラルド』ということになるが、数ある映画の中で未だに「人力で船を山越させる」シーンは孤高の輝きを放っている。

         

        ただ、僕にとってのヘルツォークも、結局のところ『フィツカラルド』に止まってしまっているのも事実だ。

         

        特集上映があるたびに『フィツカラルド』は見るのだけれど、他の作品を見ない。

         

        それは、料理店でいつも好物の単品だけを頼むのと似ている。

         

         

         

        例えば、代表作といわれる『アギーレ 神の怒り』はどうなのか。

         

        クラウス・キンスキーの狂気というキーワードで語られるこの映画だが、冒頭、アマゾンの山を大砲やら神輿やらを担いで延々と兵士たちが降ってくるシーンは神がかっている(現代日本の流行語的には「神ってる」というべきだろう)。

         

        「さすがヘルツォーク!」

         

        一瞬唸らされるものの、この映画は後半に向かってどんどんと内省的になっていくのが物足りない。

         

        いわゆるスペクタクル的要素はなりを潜め、密林の中を漂流していく兵士たちの飢えと狂気のサバイバルゲームである。

         

        河を下っていくというプロットは『フィツカラルド』と同様であるものの、山越えのようなスペクタクルに欠ける分、盛り上がらないのである。

         

        この映画では、インディオが吹く縦笛の哀愁に満ちた音色が通奏低音となり、黄金を探す一行の行く末を暗示する。

         

        『アギーレ』は、その意味で寂しい映画である。

         

        むしろ『フィツカラルド』以上に、寂寥感が後を引く映画である。

         

        だから邦題の勇ましさを期待すると、物足りなさを感じるのであろう。

         

         

         

         

        現在、その他の代表作『小人の狂宴』『カスパーハウザーの謎』を始め、各作品が日替わりで上映中である。

         

        中でも、湾岸戦争を捉えたドキュメンタリーは未見なので、見てみたいと思っている。

         

         

         

         

        | 座付き作家 | 映画の感想 | 06:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        【お知らせ】けんぞー武者修行#1「ノート」公演
        前作「南瓜」から1年半。今回から"けんぞー武者修行"と銘打って、役者・建蔵が可能性を広げるべく挑みます。 第一弾はなんとピアニスト糸井恵理子さんをお迎えして、フランツ・リスト他の演奏とのコラボレーション。 どんな舞台になりますか、乞ご期待。 「ノート」公演概要 2014年4月5日(土)14時/18時 開場は30分前 両国門天ホール 前売り2,800円(税込)当日3,000円(税込) 出演:建蔵 糸井恵理子 作・演出 平岩モトイ ご予約:amd.ara@ezweb.ne.jp (折り返し確認メールが行きます)
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