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    おらおらでひとりいぐも

     

    ちょうど読み終えたところで、「芥川賞」受賞の発表があって、タイミングの良さに驚いた。

     

    文藝賞をとったことで注目を集めた本書、まずはこの題名がものすごくいい。

     

    「何の話だろう?」と思ったものだが、読み始めてすぐにこれが東北弁(岩手弁)であることを知った。

     

    つまるところ、「私は、私でひとりで行くよ」というような意味になるのだろう。

     

    その通り、本書は夫に先立たれ、子供とも疎遠になってしまった70代女性の話である。

     

     

     

    ただ、本書の大半は東北弁で書かれており、馴染みがない人にとってはすこぶる読みにくかろうとも思われる。

     

    幸い妻が山形出身なので、東北弁には極めて強い免疫ができており、多少の違いはあれど難なく読めた。

     

    普段、僕たちは日本語の文章といえば標準語で書かれていると勝手に思い込んでいることが多い。

     

    ごくたまに関西弁の小説などを読むことはあるが、東北弁となるとまず稀である。(例外は宮沢賢治くらいか)

     

    会話文に方言が使用されることなら、ときどき見かける程度。

     

     

     

    もともと言葉というものは、音が先にあって、文字は後からついてきたものだ。

     

    東北弁もいざ耳で聞くとなれば鼻濁音だの口を閉じ気味で喋る習慣もあり、なかなか聞き取りづらい。

     

    それが不思議なことに、文字で読めばサーっと頭に入ってくるのだから面白い。

     

    微妙な音を潔くあいうえおの文字に置き換えることで、あの難解な言葉が僕の脳裏で再生される。

     

    以前、やはり芥川賞を受賞した堀江敏幸の小説「おぱらばん」が、中国人訛りのフランス語だったのを思い出した。

     

     

     

    この小説の良さは、東北弁だけにあるのでは当然ない。

     

    一人暮らしの女性がこれまでの人生を振り返った時に感じるだろう後悔と絶望。

     

    そんな中で、彼女が見つけたのは一片の希望の光であった。

     

    人生100年時代が叫ばれて、今や70代は人生末期ではなく、まだまだ続く人生の途中なのだ。

     

    残された人生を、おらおらでひとりいぐのもよし、誰かのためにいぐのもよし。

     

    誰かが映画にするときには、どうか間違いのない東北弁でお願いしたいものである。

     

     

     

     

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    | 座付き作家 | 読書 | 07:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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      伴走者
      評価:
      朝倉 宏景
      講談社
      ¥ 1,458
      (2017-06-21)
      コメント:先輩に誘われ、軽い気持ちでオレオレ詐欺の受け子をやった高校生男子は逮捕され、その後の人生を大きく変えることになった。生きる意味を失いかけていた彼の前に、視覚障害の女の子が現れた・・・・

      視覚障害ランナーの伴走をする人を見かけることがある。

       

      それぞれ視覚障害者、伴走と書かれたビブスを着て、遠目にもそれとわかるようにしてあり、二人を繋ぐのは1本の赤い紐だ。

       

      僕がよく走る代々木公園でも、毎週土曜に練習する彼らを目にする。

       

       

       

      軽い気持ちで、じゃあ、僕もやってみようかなとはいかないが、僕も前に一度誘われたことがある。

       

      その時は、「軽い気持ちで大丈夫ですよ」と言われたが、やっぱりそうそう簡単にはやれないと思った。

       

       

       

      この本は、まさしく視覚障害ランナーの伴走をする物語である。

       

      「ついに出たか」と思い、読んでみた。

       

      主人公は、高校のバスケの先輩に誘われて、軽い気持ちでオレオレ詐欺の受け子をやったことで保護観察処分になった19歳である。

       

      保護司の紹介で渋谷の居酒屋で働いている。

       

      ある日、電車のホームを歩きスマホをしていて、白杖を持った視覚障害の女性と激突。

       

      そのまま、その場を立ち去ったものの、途中で気が変わって現場へ戻り、知らない顔して彼女を助ける。

       

      そして、彼女から「一緒に走って欲しいの」と頼まれる。

       

      迷った挙句に、彼女の伴走者を引き受ける主人公は、一緒に霞ヶ浦マラソンを走ることになる。

       

       

       

       

      正直言って、マラソン完走をするのは、そう簡単じゃない。

       

      ましてや練習を始めて4ヶ月で視覚障害ランナーの伴走をして、3時間30分を切るとなればなおさらである。

       

      おそらく作者は、福岡の女性視覚障害ランナーをヒントにこの物語を書き始めたのだろうと思われるが、初マラソンで3時間30分切りを目指すというのはいささか無理があるのではないだろうか。

       

      その辺りがマンガだが、視覚障害者伴走というテーマを選んだのは正しいと思う。

       

       

       

      僕もよく知らないが、視覚障害ランナーを伴走するには、1mの赤い紐を輪にしたものを使う。

       

      その輪を二人が握り、道路のカーブや上り下りを言葉で伝える。

       

      そうして目が不自由な人の文字通り目となって、一緒にマラソンをするわけだ。

       

      当然、視覚障害ランナーよりも、伴走者の走力が高い必要がある。

       

      仮に視覚障害ランナーがサブ3.5なら、伴走者はサブ3以上の走力が必要だ。

       

      前述したように、伴走者に誘われた僕が安易に(いつものように軽い気持ちで)「やります」と引き受けなかった理由もそこにある。

       

      ところが、この主人公の場合、高校でバスケをやっていたとはいえ、ランニングは初心者だ。

       

      視覚障害を持つ女性がすでにハーフを完走ずみで、キロ4分50秒で走れるという設定。

       

      伴走者の方が素人というところに、この物語の面白さがある。

       

       

       

      執筆にあたって、いろいろ取材したのだろう、視覚障害ランナーがどんな気持ちで走っているのか、また、実際の伴走とはどういうものか、その辺りは細かく説明がしてある。

       

      なるほど。

       

      そうやって伴走するのか、とタメになることも多い。

       

      ただ、こうしたスポーツものの宿命として、レースの勝敗をつけなくてはならない。

       

      紆余曲折はあっても、ど素人だった主人公が視覚障害の彼女を導いて、3時間30分を切ってゴールするというのでは、あまりにできすぎではないだろうか。

       

      普通に走っていても、なにげない段差につまづいたり、道路の穴に足を取られて転んだりすることはしょっちゅうなのだ。

       

      伴走者がいるとはいえ、そこを猛烈なスピードで走る視覚障害ランナーは怖くないのだろうか。

       

      結局、僕は伴走者にはなれないなぁと思った。

      | 座付き作家 | 読書 | 06:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        羆撃ち
        評価:
        久保 俊治
        小学館
        ¥ 689
        (2012-02-03)
        コメント:たった一人で山に入り、クマを撃つ。1対1での命のやり取りは、まるで格闘技。しびれる。

        iPhoneImage.png

         

        何につけても、真剣勝負となれば迫力が違うものだ。

         

        「羆撃ち」という至ってシンプルな書名だが、この中にあるのは漁師と羆の1対1の命のやり取り。

         

        著者の久保俊治氏は、父親に連れられて幼い頃から山に入って育ったという。

         

        大学を卒業すると、就職をせずに猟師の道を選んだ。

         

        猟銃の許可を取得し、一年のほとんどを山にキャンプを張って、鹿を取り、熊を撃つて過ごす生活だ。

         

        と言って、別にまたぎとか、代々猟師の家だったわけではない。

         

        山での生活が肌に合って、自ら選んで猟師になった人らしい。

         

        だから、久保さんには言葉があった。

         

         

         

        後年、ポツリポツリとノートに書き留めたものが、本書である。

         

        猟師が獲物と向かい合うときに、何を思うのか。

         

        そうした多くの書物は、猟師の話を聞いて別の著者が書くことがほとんど。

         

        それに対して、久保氏は自分自身の言葉で書いているからこそ、文章に真剣味がある。

         

         

         

        何日間も雪の中を、熊の足跡を追っていき、最後の瞬間に苦しめないように一発で仕留める。

         

        これが久保氏の羆撃ちである。

         

        のちに、子犬から育てたフチという猟犬をコンビを組んで、熊を撃つようになるあたりが、本書の白眉であろう。

         

        本当に優れた猟犬とは、一生のうちに一頭出会えるかどうか、なのだそう。

         

        それを久保氏はたった一回で成し遂げるのだが、のちにその名猟犬とも別れを強いられることになる。

         

         

         

        思えば、登山ものや冒険ものと言われるジャンルをたくさん読んできた。

         

        そのなかでも、飾らない言葉で訥々とつづられた本書は、真剣さにおいて比較にならないほど面白い。

         

        ジビエブームから、自分で猟銃資格を取る人も多いらしいが、実際に獣を撃って、その場で解体、新鮮な心臓を食べてやることが獲物への供養となるからと、そこまで手際よくできる人がいるだろうか。

         

        趣味やスポーツとしての猟もあるとは思うが、本書に書かれているのは真剣な命のやり取りの記録である。

         

        1対1の格闘に於いて、人間と獲物はまさに同列、平等であるということを、本書は物語っている。

         

         

         

        | 座付き作家 | 読書 | 07:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        【お知らせ】けんぞー武者修行#1「ノート」公演
        前作「南瓜」から1年半。今回から"けんぞー武者修行"と銘打って、役者・建蔵が可能性を広げるべく挑みます。 第一弾はなんとピアニスト糸井恵理子さんをお迎えして、フランツ・リスト他の演奏とのコラボレーション。 どんな舞台になりますか、乞ご期待。 「ノート」公演概要 2014年4月5日(土)14時/18時 開場は30分前 両国門天ホール 前売り2,800円(税込)当日3,000円(税込) 出演:建蔵 糸井恵理子 作・演出 平岩モトイ ご予約:amd.ara@ezweb.ne.jp (折り返し確認メールが行きます)
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