2013.09.26 Thursday
「禅とオートバイ修理技術」
評価:
ロバート・M. パーシグ 早川書房 ¥ 840 (2008-02) コメント:全く想像しなかった展開!11才の息子とオートバイで旅する男の、まさしく魂のロードストーリー。 |
ロバート・パーシグ著「禅とオートバイ修理技術」を文庫本で見かけた時も、無性に惹かれて上下巻2冊を手に取った。
内容を簡単にご紹介する。
ーーーミネアポリスでテクニカルライターを職業にしている男が、11才の息子をオートバイに乗せて長い旅に出る。もう一台の新品のBMWには友人であるジョンとシルヴィア夫妻。2台のバイクが向かっているのはモンタナ州の友人宅。途中、キャンプをしたり、時には場末のモーテルに泊まったりしながら、果てしない道を走っていくのだが、男は目的を目指しているのはなく、実はその道程で際限ない物思いに耽っている。
男は、かつてモンタナで大学講師を勤めていたのだが、偶然に思想上のある発見をしたことで、生活すべてをその発見に捧げることになる。やがてモンタナの職を辞し、シカゴ大学へ入学した彼はギリシア思想を熟読する過程で,自らが発見した「クオリティー」こそがギリシアでいう「アレーテ」と等しいことを確信するのだが、あまりに思想にのめり込んだ挙げ句、精神を病み脳に電気ショック治療を受けることになり、そのせいで記憶喪失に掛かってしまった。このバイクの長旅は、彼にとってはかつてのもう1人の自分を取り戻す旅でもあったのだ。
モンタナの友人宅で数日を過ごした後、彼と息子は更に西を目指してサンフランシスコへと向かうのだが、この長い長い旅を通してついに失った記憶の断片を繋いでいき、かつてのもう1人の自分が考えついた思想を追認式することになる。そして、それは息子にとっても失った父親を取り戻す旅であった。
こう書くと、いかにもハリウッド映画が好きそうなロードムービーの原作本じゃないかと思われるかもしれない。しかし、この上下2冊の文章の大半は、思想について語ったものであり、読みにくい上に理解するのが難しい。つまり、旅の記録と、自身の過去を思い出す精神の旅が交互に繰り返される構成ということになる。
弁証法、弁論術をはじめ、彼が発見した「クオリティー」を証明する道程もまた、全米横断に負けないくらい長く険しく折れ曲がった道だ。この哲学書のようなパートを読みこなすには相応の気力が必要となるのだが、幸い、僕にとってこの精神的な彷徨いも案外楽しむことができたのは、偶然にも僕がマラソンやウルトラマラソンをやっていることで、長く続く思索に慣れていたせいかもしれない。
そもそも一人旅というものは、誰とも話さず、旅の間中、自分との対話を飽く事もなく続けることなのだ。一週間の一人旅となれば、一週間、切符を買ったり、レストランで注文する以外に口を聞く事もない。ただ、その間、心の中は始終ぺちゃくちゃとおしゃべりで満ちているものだが、本書の主人公の饒舌さときたら、到底僕の比ではない。かつての自分を、記憶の断片を繋ぎ合わせて取り戻す物語にこそ、本当の旅の醍醐味があるのだ。