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    空の羽

     

    寒くなった。

     

    昨日、今日と、東京では真冬並みの寒さである。

     

    しかも日が昇るのも遅いため、なかなか走りに出る気がしない。

     

    毎朝4時過ぎに目覚めて、リビングのソファに横たわって空が明けるのを待っている。

     

    今頃の夜明けは朝6時半すぎだから、その間、約2時間以上もダラダラとテレビを見て過ごしている。

     

     

     

    早朝のテレビ放送にはめぼしいものが少ない。

     

    僕は人の声が聞こえている方が好きなので、「映像詩」的な番組を避けて、なるべくニュースを見ている。

     

    ただ、早朝のニュースはどこも同じことの繰り返しで、何度も同じ事件の報道ばかり眺めることになる。

     

     

    おまけに、この寒さだ。

     

    手袋にウィンドジャケットにスパッツ姿で、渋々走りに出かけた。

     

     

     

    途中、四谷の住宅街を走っていたら、「ちょっとすみません」と声をかけられた。

     

    立ち止まり振り返ると、アフリカ人らしき男性がスマホを差し出してこう言った。

     

    「ここ、行きたいけど、どう行けばいい?」

     

    差し出されたスマホの画面には、漢字で書かれた住所が。

     

    四谷3丁目○番地

     

    いきなり住所を言われても、わからない。

     

    その男性が地図を持っていたので、それと照合してみる。

     

    いつも走り抜けるだけの土地だから土地勘も少ない。

     

    ようやく大通りとの関係性から、この辺りじゃないかと彼に伝えた。

     

    「30分遅刻しているね」

     

    工事現場で働いているらしき彼は指定された場所がわからずにうろうろしていたらしい。

     

    地図を頼りに、思しき場所を示して別れた。

     

     

     

    男性と別れて走っていると、四谷の駅に地図があったので、気になって立ち止まった。

     

    四谷3丁目○番地、、、

     

    あれ?

     

    全然違わないか?

     

    僕が男性に教えたのとはまるで違う場所だったらしい。

     

    どうやら地図の北を間違えて見ていたらしい。

     

    どうしよう・・・

     

    そこから戻って、男性に間違った場所を教えたことを知らせようか。

     

    でも、あれから10分も経っている。

     

     

     

     

    それからというもの、アフリカの男性に間違った場所を教えた罪悪感を抱きながら走り続けて家に戻った。

     

    親切心のつもりが、結果的に不親切になってしまったことが悔しいが、今更どうしようもない。

     

    あの時、素直に「この辺り、あまり知らないんですよ」と断ればよかったか。

     

    アフリカからはるばる日本に来て働く男性を思ったことが仇になってしまったか。

     

    申し訳ない!

     

    今度、どこかで会ったら、あの時はごめんと謝りたい。

     

     

     

     

     

    | 座付き作家 | ランニング | 09:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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      意外なことに、映画の題名には著作権がないのである。

       

      だから同じ題名の映画が出てくることになる。

       

      今回見た映画は『光』。

       

      半年ほど前にも河瀬直美監督の同じ題名の映画があって、ややこしい。

       

      だったら、題名を変えたらいいじゃないか。

       

       

       

      本作の原作は三浦しをんさんの「光」である。

       

      三浦しをんさんといえば、『舟を編む』、『風が強く吹いている』などで知られた作家さんである。

       

      (今回はやたらと原作者本人が映画のPRに駆り出されているのを目にするが、効果があるのだろうか)

       

      そのせいか、本作の題名は『光』として公開された。

       

      映画を見た上でまず挙げたいのは、音楽である。

       

      映画が始まって、いきなりのハウスミュージックのような電子サウンドが流れる。

       

      「え?」

       

      一瞬、虚をつかれた。

       

      日本の映画音楽といえば、大抵がおきまりのピアノかギターの劇伴である。

       

      当たり障りのない音楽といえよう。

       

      だから邦画のサウンドトラックCDなど買おうと思ったことがない。

       

       

       

      大森監督が、本作でなぜこの音楽家を起用したのか知らないが、薄汚れた貧乏たらしい本作のビジュアルにハウスミュージックが当てられることで、異様なサスペンス感が盛り上がるのは事実である。

       

      何でもない島の光景が、とんでもない異常な場所に見えてくる。

       

      もし、これがよくあるピアノの劇伴だったとしたら、本作は極めて地味な映画になったと思われる。

       

      いや、実際、地味なのだ。

       

      それが随所にハウスが流れることで異彩を放つ一本になっている!

       

      先日書いた『ヘブンズ・ストーリー』に置いて、音楽の役割が低かったのと対照的に、本作に於いては音楽が映像をリードしているといえよう。

       

       

      ただ、音楽以外のこととなると、あんまり語ることがない。

       

      井浦新が演じた市役所勤めの男だが、その寡黙さのせいで彼の全く行動心理がわからない。

       

      いってみれば、終始「醒めている」のである。

       

      浮気をしている妻に対しての無関心さはいいとしても、幼馴染の女に対する恋慕の激しさもそれほど感じられず、彼女のために殺人を犯すだけの動機が感じられない。

       

      瑛太は、やっぱり瑛太で、25年ぶりにあった兄貴分の井浦新をいくら親しげに「兄ちゃん」と呼んだところで、弟分らしい親密感は感じられない。(プライベートを秘密にしている女優宛に、どうやって手紙を送ったのだろう??)

       

      仮にも、この二人にかつてショーケンと水谷豊が演じたような兄貴と弟分的親密感があったならと思う。

       

      この二人に血が通っていないために、脇役の(というか出す必要があったのか?)飲んだくれの父親の人間臭さばかりが目に付いた。

       

      あとは、長谷川京子のお尻のシワシワ具合が妙に気になったくらい。(かわいそう!)

       

       

      よくも悪くも音楽の印象で持って行かれた作品だと感じた。

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      | 座付き作家 | 映画の感想 | 09:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        泥棒役者

         

        元が舞台だと聞いて、「なるほど!」と思った。

         

        ひところの三谷幸喜の芝居のような"ややこしい勘違い"ものである。

         

         

         

        主人公は、刑務所から出てきた悪い先輩に「俺の盗みの手伝いをしなかったら、彼女にお前の素性をばらすぞ」と脅かされ、仕方なく盗みの片棒を担ぐことになる。

         

        ところが、盗みに入った家の主が主人公のことを"原稿の催促に来た編集者"と勘違いしたところから、このややこしい勘違いゲームが始まる。

         

        次に、この家に現れたのは本物の編集者の女性だったが、彼女の名字が「奥」であったことから、今度は主人公の「奥さん」と勘違いされる。

         

        さらに訪問販売の男(ユースケ・サンタマリア)が現れ、主人公の男性のことを、作家、編集者、訪問販売がそれぞれ自分に都合よく勘違いしながら物語は果てしなく進んでいく。

         

        主人公の男は、時には原稿の締め切りを守れと迫る編集者を演じ、時には筆が止まって少しも書けない作家を演じ続ける。

         

        このめちゃくちゃな展開が許されるところが舞台ならではなのだが、映画となると少々しんどい。

         

        なぜなら舞台というものは、そもそも「ここは作家の家である」という架空の約束事からスタートするのに対して、映画は見たままのリアルさが身上だからだ。

         

        おそらく(僕は見ていないが)舞台で見たら最高に楽しめる作品だと思う。

         

         

         

         

        それを映画化するときに、どこまでのリアルさが出せるか。

         

        少しでも嘘くささが出ると、途端にこの芝居は成り立たなくなる。

         

        その意味で言うと、作家の家に集まった妙竹林な人たちは合格だ。

         

        それぞれにお人好しで、それがこの映画を支えている。

         

        ところが、隣の家に住む自称ミュージシャン(片桐仁)がここまでカリカチュアライズされていると、本筋である作家の家でのドタバタまでもが途端に薄っぺらく嘘っぽく見えてくる。

         

        さらに警官は、もっとシリアスであるべきだったのではないか。

         

        その場しのぎのデタラメ芝居と脇とのコントラストをはっきりさせられたら、もっとハラハラドキドキしたように思えるのだが。

         

        とはいえ、冒頭とお尻で登場する高畑充希のキュートさもあり、まぁ肩のこらないコメディ作品ということでなら十分楽しめる作品だったと思う。

         

        それにしても市村正親の可愛らしさは特筆ものである。

         

         

         

         

        | 座付き作家 | 映画の感想 | 06:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
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        【お知らせ】けんぞー武者修行#1「ノート」公演
        前作「南瓜」から1年半。今回から"けんぞー武者修行"と銘打って、役者・建蔵が可能性を広げるべく挑みます。 第一弾はなんとピアニスト糸井恵理子さんをお迎えして、フランツ・リスト他の演奏とのコラボレーション。 どんな舞台になりますか、乞ご期待。 「ノート」公演概要 2014年4月5日(土)14時/18時 開場は30分前 両国門天ホール 前売り2,800円(税込)当日3,000円(税込) 出演:建蔵 糸井恵理子 作・演出 平岩モトイ ご予約:amd.ara@ezweb.ne.jp (折り返し確認メールが行きます)
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